端午の節句とは?こいのぼり・兜・ちまき・柏餅の意味

端午の節句とは?こいのぼり・兜・ちまき・柏餅の意味
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最近、こどもの日として、男の子の成長を願いお祝いする端午の節句。
この季節になると、色鮮やかなこいのぼりが上がって、
晴れた日の空によく映えますよね。

男の子のいるご家庭では、こどもの日にこいのぼりや兜を飾りますよね。
なぜこいのぼりや兜を飾るか知っていますか?
こどもの日だからと飾っていませんか?
こいのぼりや兜を飾るのは、しっかりとした意味があります。

こいのぼりや兜を飾る意味を知って、端午の節句をお祝いしましょう。

 

端午の節句とは?なぜ男の子のお祝いをするの?


(引用:http://komekami.sakura.ne.jp/)

端午の節句は、五節句の1つとして、奈良時代に中国から伝わりました。
伝わった当時は、菖蒲やヨモギを玄関先などに飾り邪気を払う日でした。
そのため、菖蒲の節句とも言います。

武家では、菖蒲と「尚武」をかけて端午の節句をお祝いするようになりました。
「尚武」とは、武道や武術を重んじることです。
もともと武家では、男の子が誕生すると、家紋の入った旗やのぼりをあげてお祝いする習慣があり、

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それが端午の節句に行われるようになりました。

また、5月5日は、端午の節句と今では認識されていますよね。
端は「はじめ」、午は「牛の日」を指す言葉で、「月初めの牛の日」が本来端午の節句でしたが、「午」と「5」が同じ音のため、5月5日が端午の節句として広まったそうです。

端午の節句とは?なぜ男の子をお祝いするの?2
(引用:http://similar-image.com/)

日本には、5月1日から5月5日の間「女児節」という風習がありました。これは、女の子を着飾らせお祝いするというもの。だから、5月5日は女の子のお祝いをするものでしたが、武家の端午の節句が、江戸時代ごろ庶民に広まったことで、男の子の成長を祝う日になりました。
そのため端午の節句は、武家社会の影響を多く受けています。

 

こいのぼりをあげるのはなぜ?

こいのぼりをあげるのはなぜ?1
(引用:http://vandajapanese.blogspot.jp/)

武家社会の影響を受けているものに、こいのぼりがあります。武家では男の子が生まれると、端午の節句に家紋の入った旗やのぼりをあげる風習がありました。

しかし江戸時代に入り、端午の節句が庶民に広まりましたが、家紋の入った旗やのぼりをあげることは、お金がかかりできませんでした。そこで庶民が考え出したものが、こいのぼりです。なぜこいなのか、気になりますよね。それは、中国の故に由来しています。

 こいのぼりをあげるのはなぜ?2
(引用:http://www.photock.jp/)

 中国の故事に「鯉が竜門の滝を登ると竜になって天をかける」というものがあります。「登竜門」やこいが出世魚となった由来です。立身出世を願い、庶民の間でこいを紙などに描き飾るようになりました。

その後、今のようなこいのぼりになりました。また、こいのぼりは「神様、この子を守ってください」と神様に気づいてもらえるように、目印としてあげるという説もあります。

 こいのぼりをあげるのはなぜ?3
(引用:http://www.kai-interior.com/mt/)

 こいのぼりは、色とりどりでカラフルですよね。そしてよく見ると、よりカラフルなひらひらしたものがありませんか?それは吹き流しというもので、ただの飾りではなくしっかりとした意味があります。この吹き流しは五行を表しています。五行とは、木、火、金、水、土を指して、万物はこの5つからできているとされています。また、戦国時代には戦に勝ったとき、「災いがもう起こらないように」と吹き流しをあげていたことから、魔除けの意味があるそうです。

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江戸時代の庶民のアイデアによって生まれたこいのぼりですが、特にいつあげるのか、子どもがいくつになるまであげるか決まっていないようです。地域によって差はあると思いますが、一般的にいつあげるのかご紹介します。

 一般的には、春分の日前後の晴れた日です。端午の節句の1ヶ月前にあげる人が多いようです。「大安が良い」など日取りを気にする場合でも、4月中にはこいのぼりをあげましょう。

また、子どもがいくつになるまであげるかに関しても、子どもが恥ずかしくなって「やめて」というまで飾る人が多いようです。

 

兜を飾る意味は?

 兜を飾るのはなぜ?1
(引用:http://www.kyugetsu.com/)

 端午の節句は、武家社会の影響を強く受けています。
端午の節句と聞くと、兜や鎧を思い浮かべませんか?武家にとって兜や鎧は「命を守る」ものでした。戦に行くときの兜や鎧と端午の節句に飾る兜や鎧は、素材など違いはありますが、子どもが元気にたくましく育つようにという願いを込めて、飾られるようになりました。

 兜を飾るのはなぜ?2
(引用:http://www.photock.jp/)

また、兜や鎧は、災いが外から入るのを防ぐ意味もあるそうです。武家にとっては、戦の道具だけではなく、身を守るものとして精神的な価値もあったようです。

 

ちまきや柏餅を食べる由来は?

ちまきや柏餅を食べる由来は?1
(引用:http://www.irasutoya.com/)

ちまき柏餅は、端午の節句には欠かせない食べ物ですよね。皆さんはちまきと柏餅どちらを食べますか?関東と関西でどちらを食べるか違いはあるようですが、ちまきや柏餅を食べる理由はあります。

簡単にまとめると、ちまきは厄除け柏餅は子孫繁栄の意味があります。

まずちまきですが、奈良時代に中国から端午の節句が伝わったときに、一緒に伝わってきました。中国でちまきは、国民に慕われた詩人屈原の死を悲しみ弔うものでした。屈原は、政府の陰謀により川で投身自殺してしまいます。屈原を慕っていた国民たちは、屈原が食べ物に困らないように、魚に屈原の体が食べられないようにとちまきを川に投げ入れるようになりました。しかし、ちまきは屈原のもとには届きませんでした。なぜなら川に住む悪竜がちまきを食べていたからです。そこで、ちまきを悪竜が嫌う楝樹(れんじゅ)の葉に包むようになりました。この出来事から、ちまきは厄払いの意味を持つようになります。

ちまきや柏餅を食べる由来は?2
(引用:http://photosku.com/)

江戸時代に入り、縁起の良い柏の葉に餅を包んで食べるようになりました。柏の葉は、新芽が吹くまで落葉しないため、子孫繁栄を意味する縁起物です。江戸時代では、子孫繁栄を願い端午の節句に、柏餅として食べるようになりました。中国から伝来したものが多い端午の節句ですが、柏餅は日本で生まれた食べ物です。

昔は、柏の葉が手に入りにくいという理由で、関東と関西で違いがあったようです。今はどちらも端午の節句の時期になると、手に入れることができますよね。子どもに願うのは厄払いなのか、子孫繁栄なのかで選んで食べてみてはいかがでしょうか?

ちまきや柏餅を食べる由来は?3
(引用:http://www.irasutoya.com/)

中国から伝わってきたものが、江戸時代で今の形になりました。現在は、子どもの日と端午の節句は混同していますが、子どもの日は、昭和23年に男女関係なく子どもの幸せを願う国民の祝日として制定されました。

だから子どもの日は、男女関係なく子どもの成長を願う日として祝うものですが、端午の節句と混同し、男の子のお祝いをすることが多いです。しかし、女の子でも、子どもの日はお祝いをしても構いません。

調べてみると奥の深い端午の節句。意味や由来を知ると、いっそうお祝いに力が入りますね。

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